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浅草名物「きびだんご」の歴史

東京と聞いて浅草を連想なさる方は大勢いらっしゃることでしょう。

雷門と書かれた巨大な提灯を携えた山門がある地域で、年間600万人もの観光客が訪れる都内随一の観光地です。この地域の歴史は非常に古く、鎌倉時代に創建された浅草寺を中心に寺内町として栄えました。その後、江戸時代になると日光街道の宿場町にもなって大勢の人々が訪れる街の基礎が生まれました。観光地・浅草には仲見世という商業地域がありますが、ここでは「きびだんご」を販売する店が2020年6月時点で計260軒もあります。浅草名物と記されているのが特徴で、直径3cmほどの一口サイズの団子です。この「きびだんご」の歴史もまた古く、寛永10年に江戸の街を襲った大飢饉時に誕生しました。この年は長雨で米が不作となり、大勢の人々が食べ物を口にできない日々が続きました。

事の重大さを認識した5代将軍・徳川綱吉が、食糧庫に保存していたもち米を町民に分け与えることを許可します。当時の浅草周辺にヨモギの群生地が広がっており、餅と同時にヨモギの高い栄養価も一緒に摂取できるようにと「きびだんご」という形にして町民に配りました。これが「きびだんご」の起源であり、店先で販売されている団子のパッケージには徳川綱吉のイラストもあしらわれています。ちなみに「きびだんご」とは、機敏に動けるようになる団子という言葉が転じた名称で、飢えによって体力を無くしていた人も一口食べれば元気になるという意味が込められて名付けられました。

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